B-3 中国での建築設計【新米の仕事・責任・海外の建築事情】

B 建築の仕事やその周辺

建築設計事務所の仕事って何なのか。
そのあたりを、上海で過ごした建築設計事務所での経験談から説明します。

学校で建築を学んでいれば先生や先輩から話を聞けますが、独学で建築を初めようとする人には情報源が多くありません。
特に働きはじめの新米時代にどんなことをするのかは、これから建築のキャリアをスタートする人には気になるところ。

私は上海にあるアトリエ系と称される建築設計事務所で建築のキャリアをスタートしました。
それ以前には建築を学んだことは無く、仕事で建築を覚えた独学系です。
帰国後にライセンスを得て、現在は設計事務所を主宰しています。
東京と長野県で活動しており、塩尻市と松本市で”誰でもできる建築教室”も主宰。
それら建築などに関係する情報を、ブログで記事にしています。

この記事では、大きく3つのことを内容にしています。

・新米のアトリエ建築設計事務所の仕事
・建築家の責任
・海外での建築設計事情

新米の建築設計事務所での経験、しかもいきなり海外事務所という体験談を紹介している情報は少ないと思います。
これから独力で建築家をめざす読者さんは、記事の内容を参考にこれからの仕事を少し具体的に想像できるはずです。
何も知らないよりは心に余裕もでき、最初の一歩が踏みだしやすくなりますよ。

アトリエ事務所の初仕事

この記事の内容は、私の事務所勤務時の話です。
事務所はアトリエ系と呼ばれるタイプの事務所です。

組織事務所やゼネコン系とは働き方のスタイルが異なりますので、全ての設計事務所に当てはまる内容ではありません。
私が上海の事務所で過ごしたのは2010年前後の3年間なので、現在の中国とは状況も異なることは念頭に。

アトリエ事務所での初仕事=私の建築初体験は、店舗内装の主任担当者です。
延べ床1,500㎡以上のギャラリー兼店舗、SONY上海のフラッグシップ店。
いきなり主任?と驚くかもしれませんが、アトリエ系事務所は住宅規模程度であれば即主任担当者も珍しくありません。
私のケースでは、事務所の事情もあります。
当時は所長と建築学科出身の同僚と私の3名で業務をこなしていました。
同僚は建築設計の仕事で手一杯だったので、建築未経験者の私は内装設計を担当。
それでも2名しか所員がいないので、担当即主任で仕事をする必要がありました。
当時は全く素人の私をよく主任で使うなと驚きでした。
人材教育の仕組みを理解した今でなら、所長に感謝の気持ちで一杯です。
事務所の担当者に関しては別途記事にしてます。
内容が気になる読者さんはリンク先の記事で。

設計やデザインの大きな方向性は、スタディとよばれる作業を通し事務所全体であらゆる可能性を探り徐々に決定していきます。
スタディの意味が不明な建築未経験者は、下記の記事で。

それらの案をお施主さんとのやり取りで、さらにブラッシュアップ。
設計やデザインが大凡きまると、見積もりなどのお金の調整をお施主さんと施工会社の間に入って統括します。
基本的には着工スケジュールリミットまでこの作業を続けます。
着工後になると、家具など製作物の監理や現場工事の監理、変更などに関るお施主さんとの打合せや設計変更などをします。

新米だろうがベテランだろうが工事は止まらない

中国では凄まじいスピードで工事が進みます。
時間のなかで、あらゆる業務と調整をして物事を解決する必要があります。
そのとき所長は超がつくほど多忙。
着工前後から竣工までの一定期間、デザインと設計のほとんどを私の判断で進めざるをえない状況がありました。
速度の違いこそあれ、日本でも同様で一度着工すると工事はよほどの出来事がなければ止まりません。
それが新米建築家だろうがベテラン建築家だろうが、現場は等しく変わりません。
外部組織との調整があるので、身内で進める設計段階以上の緊張感があります。

当時は毎日3-4時間の睡眠や時には徹夜でずっと仕事をしていました。
今思うと健康的にどうなのかしらとぞっとしますが、初の実施設計の担当でかなり仕事に集中。
徐々に自分が製作した図面や模型が現実のカタチになることに興奮こそしましたが、嫌になって辞めようとは全く思いませんでした。
所長にも言われました。
責任をもって建築を最後まで導いた原体験は、これから自分で建築を実現するときの自信になるから忘れないように。
私からも、これから建築を始める読者さんに送りたい言葉。
あんな未熟な新米時代でも成せたことがある、という事実があなたを必ず勇気付けてくれます。

建築家の責任

少しだけ建設現場の労働環境や問題に関して。
建築に興味を持ったり仕事にする読者さんには、建築が社会に与える責任も知ってもらいたいから。
ギャラリー兼店舗でしたので、製作しなければならない什器(言葉になじみのない読者さんは、展示などで使用する家具だと思ってください)の数が結構ありました。
そのギャラリー兼店舗の什器製作工場へ、作業進捗を確認に行きました。
作業場のなかに入って直ぐ口を塞ぎました。
塗料の臭気が超強烈。
白いウレタン塗装仕上げの工程で、部屋が塗装ミストで白く雲ってます。
そんな中、マスク無しで作業している人達が沢山いるのです。
直ぐに換気とマスク着用を指示しましたが、我々が帰った後までそれを守ってくれるかは分かりませんでした。

日本でも高度成長時代に労働公害問題はたくさんありました。
すさまじい勢いで生産をこなす現場に、規制やルール・検証が追いついていないのです。
私がいた時代の中国も、成長著しい時代だったので同じような状況だったのでしょう。
生活の気ままさや緩さ・いい加減さを思い出すと、その当時の中国が私は好きでした。
しかし裏面を覗くと、規制のないその緩さのなかで過酷さを強いられている現場がありました。

私も自由で気ままな環境は大好きですが、規制や決まりの曖昧な環境はあの光景を思い出すと時には怖いと思います。
何かを改善するためのルールが、時の変化でたくさん作られていきます。
決り事が増えてどこか息苦しい反面、守られる人たちもいるのが現実。
日本のルールは細かいことが多いですが、少なくとも今あの光景を日本でみることはなさそう。
これを政治の問題でしょ、とは思わないで下さい。
建築家はそうした現場にも関る職能です。
一人一人が問題意識を持ちましょう。

中国での鉄骨造

メディアにでる近頃の中国建築を眺めてみると、それを完成させる技術は確実にあがっている印象。
私が上海で修行していたときは、おどろきな工事がたくさん。
特に鉄骨造(S造)で。
鉄筋コンクリート造(RC造)の工事は中国の技術も安定しており、基本的にはS造を採用せずにRC造で設計することが多い時代でした。
当時は上海の街中のどこかで必ず(超)高層ビルの工事風景が見ることができ、殆どがRCラーメン造(柱と梁で構成された四角いフレームが並んでると想像してください)です。
30階超の高層建築を設計するのであれば重量などの関係でまずS造を検討ですが、あの頃はRCラーメン構造で計画することが一般的。
私が在籍していた事務所も、RCラーメン構造ばかりで設計。
そんな時代に、友人が在籍していた事務所でS造の建築を扱っていました。
彼がその工事の現場監理していたときのお話。

建築設計事務所は工事がはじまると、その工事がお施主さんが承認した設計内容やデザインの通りになるか監理することも仕事の一つ。
設計と設計監理が別事務所のケースもあるので、必ずではありませんが。

鉄骨材の接合はおおまかに、ボルト接合と溶接合に大別されます。
その現場でボルト接合する部分に問題がありました。
ボルト接合の部材と部材のクリアランスが設計よりもずっと大きくて、現場でどのように修正処理をするか検討していたようです。
すると近くにいた職人がそのクリアランスを溶接で塞ごうとした、とのこと。
簡単に説明すると、ボルト接合と溶接合では強度の算定方法が異なります。
現場でボルト接合の隙間が設計の許容以上にできたから、それを溶接で埋めるなんて単純な処置はできません。
その職人は接合部の見た目が整っていればよいだろう、という発想から溶接で埋めようとしたのです。
友人は、二度と中国でS造を担当したくないと言ってました(笑)

現在はそんなことは無いと思います。
北京オリンピックのときに、編み物のような体育館があったのを覚えていますか。
北京国家体育場、通称バードネスト(日本では鳥の巣)と呼ばれていました。
そのネスト部分ですが大部分が溶接合。
やはり当時の溶接技術に不安があったのか、溶接工事に入る職人一人ひとりのIDと担当した溶接個所を厳重に管理していたとの話を聞きました。
全ての溶接個所と出入りする膨大な数の職人一人ひとりを完全に紐づけするのですから、相当厳密な監理体制です。

今ではS造もSRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造も多く建造されているので、技術も飛躍的に上がっているのが確認できます。

海外で設計をするときは、自分の国の技術水準が当然と思わないことです。

パースについて

まずはパースって何でしょうか?から。
簡単にいえば、立体表現された絵のことです。
設計事務所が建築物の完成イメージを相手に伝えるツールとして、模型とパースがあります。
図面から立体を想像するのは、素人には難しいのです。
パースは手描きや3DCGなど表現手段は様々。
今は図面がCAD、BIMなので、そのデータを利用できる3DCGが主流
手描きパースも3Dでモデリング(立体化)して、それを下敷きに手描きしていることも多いです。
要するに雰囲気として手描きにしたいのであり、そこまでの過程はPC上でさくさく作成。
中国の事務所に勤めていたとき、設計した建築のパース作成依頼と製作会社へのディレクションも数多くこなしました。

中国のお客さんって3DCGのパースが大好き。
パース屋さんもたくさん存在して、Autodesk社の3DSMAXといソフトを使っている会社が多数。
理由は中国で広く使用されているAutoCADと相性がよいから。
中国パースの特徴は、少し誇張した見栄えを重視したパース。
光や靄などの雰囲気は、多少不自然でも”映え”てたほうが喜ばれます。
これ理由もあります
市政府の案件をすることが多かったのですが、デベロッパーの担当者が市政府の担当者に、市政府の担当者が上司に、その上司がさらに上司に、、、。
このプロジェクトいいでしょと説得するため、ちょっと誇張したドリームがぱっと見で認識できるほうがウケるのです。

日本のパース屋さんは、これに比べると大分さっぱりしている印象。
パース製作の値段って本当に手頃になってきましたね。
当時の中国と同じ水準かそれよりも安いぐらい。
内装や住宅の簡単なパースだと2-3万、1万円台なんてところも。
俯瞰パースで10万切るような製作会社もあります。
パースの外注は、会社ではなくココナラなどで個人のクリエイターさんにお願いもします。
私や友人の事務所なども利用しています。
動画パースなども作成してくれますよ。

海外の建築法規

建築は規模や金額が大きいことから、法規も定められ有事に対する責任も大きい仕事
上海での修行時代に、一度だけ裁判にまで発展した案件がありました。
構造の問題でお施主さん・設計事務所・施工会社の三者間で裁判になりました。
世の中には複雑な構造計算や設計をおこなう、構造設計士や構造設計事務所というものが存在します。
ちなみ私は構造設計士ではありません。
いわゆる皆さんが想像している一般的な建築士とは、意匠設計を担っています。
私が所属していた上海の設計事務所も、意匠を担当する建築設計事務所。
建築物全体を統括してますが、複雑な構造計算や解析・提案はできません。
規模や用途により、必ず構造設計士の確認が必要な建築物もあります。

鉄筋コンクリート造の別荘を改修してほしいという依頼が事務所に来ました。
ご依頼主は日本人と中国人のご夫婦。
設計は日本人の所長とその友人が経営している日本の構造事務所でチームを組みました。
その建築物はラーメン構造。
柱と梁の壁はレンガで充填されていました。
いわゆる雑壁といわれるもので、構造をつよく担保するものではありません。
そのレンガ部分を取り払ってしまっても、構造上は大きな問題がないわけです。
チーム内の構造事務所も日本の建築基準のなかで問題ないことを計算等で確認。
設計やデザインも決定して工事が開始されました。
その工事を現場で総括したのも日本人の施工者でした。

改修工事だったので、まずは解体工事からはじまります。
工事が少し進んだ頃に連絡がありました。
構造体を撤去していると。
日本でも同様ですが改修などで構造体をいじると法規や申請、構造計算が複雑になります。
単純に壁をとっぱらって広くしたらお終い、ではありません。
関係者一同、初めはどこの構造を撤去したのか分からない状況でした。
読者の皆さんは今までの説明を読んで、雑壁と思われていたレンガ壁だと直ぐに分かったと思います。
そこで中国人の所長が図面を確認し、すぐに判明。
その頃の事務所は日本人と中国人の所長二人で運営していました。
中国では単純に積まれて充填されているだけのレンガ壁も、鉄筋コンクリート造の耐力(読んで字の如し、力に耐える)の一部を負担するものとして考えるようでした。

日本人の所長も私達所員も構造設計者も施工者も、日本人の私達はだれも知らない事実。
日本の建築基準法で照合しても、該当しない項目だったのです。
日本は地震が多いので、構造関係の規定は他国に比べて緩くありません。
積まれただけのレンガを耐力壁と考えるなど、想像もできませんでした。

中国は国土全体でみれば、地震が少ない地域が多いです。
積まれただけのレンガも崩れにくく、耐力を負担するとの解釈だったのかもしれません。
自分達日本人の常識で進めてしまった、大きなミスでした。

所長はその後、裁判と事務処理に追われて大変な思いをしておりました。
建築は相当な規模の造形物が現実となる、少しその他の芸術とは異なる楽しい仕事です。
反面で責任や有事の処理が大変な仕事だということもご記憶下さい。
そして技術水準と同様に、法規も国によって様々だということも忘れずに。

心の準備ができたら、お試しを

新米の事務所勤めの例を、私の経験からご紹介しました。
全くのど素人でも、やってやれないことは無い。
やり遂げたことは大きな自信になります。
私も不安を感じたときは、一番初めの仕事を思いだして勇気を出します。

海外で建築設計の仕事をするときは日本の常識で進めず、現地の人とよく会話するように。
同じ建築を扱うので共通することは数多いですが、それでも事情が異なることも同数あると思って慎重に取り組んでください。
そして、建築家・建築設計の仕事には様々な責任が伴うことも忘れずに。

皆さんも初めての仕事で不安でしょうが、まずは事務所にもぐりこんでみましょう。
私のように、飛び込みで海外事務所をあたるのも手です。

訓練として擬似的な仕事を試してみるのもよいでしょう。
自分がイメージしている建築を、パースの外注に出してみるも訓練です。
どういった資料や情報がないと製作できないか、パース屋さんから応答があると思います。
そういったやり取りから、建築を具体的に想像するトレーニングにもなります。
自分でパースや模型などの立体にしてみるのも手段の一つです。

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